【第9話】商品設計:問われる感性や信念
新しい醸造年度が始まる7月初旬に毎年、経営方針の発表会を行っている。ホテルの一室に金融機関や得意先の役員を招き、スクリーンに資料を映し、社員を前に約1時間、話をした。内容は新年度に力を入れたい分野だ。 ①高級酒の市場②どぶろく・甘酒といった米発酵飲料③小売販売部門④海外への輸出―――の4分野について、目標と計画を示した。
話をする際に心掛けている点がある。それは、分かりやすく話すことと、前向きな内容にすることだ。どんな企業でも低迷縮小する分野と、拡大発展していく分野があるが、どちらを経営者が注目するか次第で、聞いている社員の士気や実際の結果にも大きな影響を与える。
今回も停滞する分野には触れず、成長性のある商品をさらに伸ばすことで減少分を補おうと呼びかけた。経営方針を明示するようになって3年。自主的に考えて動く社員が増えたし、自分も社長として迷うことが少なくなったと感じている。
経営方針より難しいことは商品設計である。なじみの薄い言葉かもしれないが、例えば新商品を出す時、次のことを決めることだ。どんな香味にするか。客層、ラベルデザイン、商品名、価格、販売地域、流通経路はどうするか。その味わいを生み出すには、どんな品種の米を何%精米して、どんな味に仕上げて、何か月熟成させて出荷するか――。
新商品はもちろん、定番商品でも毎年設計を見直している。仕入れた酒造好適米を設計通りの酒にするのは杜氏(とうじ)の職人技だが、酒のコンセプトを明確に言葉で表現し、杜氏に伝えるのは社長の仕事だ。
コンセプト作りに正解はない。市場の動向に目を配り、自社の販売スタッフや酒の専門店の話も聞くが、味に関する意見は十人十色。最終的には自分の直感を頼りに決断しなくてはならない。また、市場で支持される味のトレンドに合わせるか、独自の味わいを追求するかも酒に対する哲学がなくては決められない。
商品設計の難しさは、科学的な思考よりも、言葉では表現しにくい経験や感性、信念といったものが要求されることにある。アートや表現の領域といってもよい。これは酒という嗜好品をつくる仕事の特徴でもあり、面白さでもあると思う。