黒松仙醸

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蔵だより

社長執筆の新聞コラム PartⅡ

新緑のまぶしい季節です。
酒造りも終盤を迎え、たくさんの種類のお酒が揃いました。
今年に入ってからの日本農業新聞掲載、黒河内貴社長のコラムをまとめました。
ぜひ、ご一読ください。

 

吟醸酒の仕込み ― 最終的な判断は杜氏―  1月31日掲載

 一年で最も気温の下がる1月。吟醸酒の仕込みも行われるこの時期、外部の専門家から技術指導を受ける仕組みが清酒業界にある。国税局の鑑定官室や各県の醸造試験場など、経験豊富な酒造のプロが各蔵を巡回し指導に当たるのだ。
 酒造責任者である杜氏(とうじ)もプロとして自社蔵の事情には精通しているが、その年の原料米や、酵母菌の特質、他社での失敗事例とその対策、応用可能な最新技術などは外部の専門家からしか得られない。私も杜氏とともに巡回指導を受けた。あらためて感じたのは杜氏と蔵元(社長)の役割についてだ。今回の事例から見ていきたい。
 巡回でテーマとなったのは発酵が遅れている醪(もろみ)にどのような処置をすべきかだった。発酵中の酒である醪に何も手を加えず数日様子を見るか、発酵を活性化させるために追水(水を少量加えること)するか。処置が遅れると発酵の遅れは決定的となり酒質に悪い影響を及ぼす。しかし、自然な発酵過程に手を加えることのリスクもありタイミングが重要だ。
 指導官は追水をすすめたが、杜氏は慎重だった。それには訳がある。指導官は巡回時の醪の味や香り、状貌(じょうぼう)と、発酵経過や品温記録といったデータをもとに結論を導く。一方、その醪の仕込み工程のほぼすべてに自ら関わって日夜観察している杜氏は、その経験故に指導官のように問題を単純化して考えることに抵抗があるのだ。
 こんな時、社長の取るべき態度はどのようなものだろうか。私は最終的な判断は杜氏にまかせるべきだと思い黙っていた。酒造りの全責任を負うのが杜氏という職務の重さと誇りなのだ。どの杜氏に酒造りを任せるか、どんな酒を造るべきかについては社長が指針を示すべきだ。しかし、いざ酒造りが始まったら、細かな口出しはしてはいけないのだと思う。
 蔵元と杜氏に限らず、一般に経営者と技術者の間には適度な緊張感と信頼関係が必要だ。自分の役割を全うし、またそれを超えないというのは、心掛けていても難しいものだが、それが醍醐味(だいごみ)でもあり、良い酒を造るための条件だと考えている。
 
日本酒の輸出 ― 郷土の文化売り込め ―  3月13日掲載

 先日東京で「日本酒シンポジウム」が開催された。日本貿易振興機構(JETRO)の主催に経産省、農水省、国税庁が後援する形で、まさに日本酒の輸出をオールジャパン体制で支援する出発点といえる催しとなった。世界のワイン事情に詳しい海外の専門家も参加し、活発な議論が交わされた。その模様をお伝えしたい。
 メーンゲストは、それぞれ英国、香港を拠点に活躍するマスターオブワイン(以下MW)の称号を持つ2人。MWはワインの世界では最高の権威を持つとされ、官能評価の卓越した技能に加えてワイン産業を地球規模で把握し、助言、指導することを使命とする。世界でもわずか300人ほどのプロ集団で、日本人は現時点でいない。
 彼らの話の要点は、①日本酒を世界のマーケットに広めるには、ワインの流通網を利用するのが早道。そのためにワイン業界の常識を知り、その視点で日本酒の魅力を説明する必要がある。②世界市場で「仙醸」などの自社ブランドを売るか、「信州」などの地域を打ち出すか、「山田錦」といった品種に焦点を当てるか、個々の酒蔵が選択すべき。酒蔵同士が共通の市場戦略を持つ場合は連携すべき――と、示唆に富んでいた。
 さらに、高級酒の海外輸出では先駆者ともいえる北陸の蔵元の言葉は最も印象に残った。いわく、「大切なことは、自社の酒とそれを生み出す郷土の自然や文化について自信を持って語れるかだ。」そして、「その自信の根拠とは、そのお酒が地元でお客様に支持され、郷土の誇りとなっているかどうかだ」という。
 弊社は南信州、桜の名所高遠で代々酒造りを続けてきた。創業は明治維新から2年さかのぼる1866年。高遠城址公園の桜が現在の場所に移植されたのは、それから数年後と伝えられている。まもなく桜の時期を迎える。高遠の地酒として、地域の人々から愛され、観る人に誇りと潤いを与え続けてきたこの桜のような存在でありたいと思う。
海外市場での成功はその延長線上にあるのだと信じ、まず足元から、地道な努力を重ねていきたい。

 今ある物の価値 ― 生かし切る極意学ぶ ―  5月8日掲載

 5月の連休中に信州高遠美術館を訪ねた。16代続く京都の桜守、佐野藤右衛門氏が所蔵する桜に関する美術コレクションが公開されている。地元出身の陶芸家、小松華功氏とのコラボも見どころの一つ。小松氏の器に華道家で私の師でもある唐木さち先生が花入れをするとあって駆け付けた。
 先生は、両氏とも親しくいわば今回の美術展の仕掛け人でもある。展示作品の取合わせの妙や、花入れのしつらえ一つ一つに込められた意図について先生に解説していただいた。これについて紹介したい。
 花入れは5月の新緑がまぶしいギャラリーに展示されていた。野の花の生命力と器の質感が響きあい、京都の雅が表現されている。何気なく掛けられているように見えた鎧兜(よろいかぶと)の掛け軸、鉄の花器、先生の着物の帯の鯉(こい)の絵柄、船の置物、いずれも「端午の節句」という糸でつながっていた。
 佐野家が三代にわたり収集した掛け軸や屏風(びょうぶ)は桜がテーマ。江戸時代後期の作品を中心とする華やかで重厚なコレクションだ。展示の位置も陶器との組み合わせ、描かれてた桜の枝の向き、表具の柄、さらには部屋の間取りや企画展の趣旨など全体の調和を考え、「あるべき場所」に配置されているという。
 それを聞き、思い出すことがあった。私たちが4月に開催した新酒まつりに立ち寄った唐木先生からある指導を受けていたのだ。会場に配置したテントが「桜の枝の視界を遮っている」という。酒と共に、蔵の庭に咲くコヒガンザクラも楽しんでもらおうと企画したにもかかわらず、それが客の目にどう映るかまで気が回らなかった。テントも「そろそろ新調しなくては」と考えていたが、肝心なのは、その使い方だった。「ないものを欲する前に、今あるものの価値を知り、それを生かし切ること。その感性を磨くことの大切さ」を説かれたのだと理解した。
 「今あるものの価値を見定めて、生かし切る。」四季折々の花と向き合う先生が大切にされる極意だと思う。自社の置かれた環境、人材を生かし切ることができるか―。経営者として、また一人の人間として、今後探求していくべき大事なテーマをいただいたと感じた。
 
 
 
 

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